土管さん追悼SS「私が私であるために」

 
 
 私っていったい、なんなんだろう。
 ふと、そんなことを思うときがある。
 
 
 
 ある日のことだった。
 
 私はいつものように、スクープを探して飛び回っていた。
 ニュースを見つける毎日が、修羅場のように飛び交っていた。
 
 私の身近で、尊敬する人が亡くなったのを聞かされたのは、そんな折だった。
 
 
 ショックだった。
 あまりにも突然で、言葉も涙も出なかった。
 どうしたらいいのか、それすらもわからなかった。
 
 ただひとつ言えることは、あの人が今、私の中で尊敬すべき存在になっていることだった。
 あの人の残した功績は、素晴らしかった。今にして思えば、一生残るものであることは、間違いなかった。
 そう確信が持てたとき、私はふと思った。
 
 私っていったい、なんなんだろう―――――
 
 
 あの人は第一線で活躍していた、私の憧れの一人だった。
 それだけに、生前も数多くの人望や信頼……挙げればキリがないほどの大切なものを残した。そして今、彼は数多くの人たちに思い出を残した。
 それはどちらも、何よりあの人自身が少しづつ積み上げてきた、かけがえのないものだった。
 
 でも……私は?
 なんの功績も、人脈も信頼もない私は?
 
 その疑問が脳裏から離れず、自分が何をすべきか見失った時期があった。
 生きる目的をなくしたかのように、ただ淡々と記事を集めるに過ぎない日々が続いた。
 私自身の存在の意味が分からず、泣き明かす日々も多々あった。
 
 その疑問は時間をもってしても解決してくれないと悟ったとき、私はいつも傍にいる“経験者”にふと呟いていた。
 
「ねえ、さよちゃん」
「はい、何ですか?朝倉さん」
「さよちゃんは死んだとき、自分がなんだったのか考えたことある?」
「私ですか? えーと……すみません、60年も前のことなので覚えてないですぅ♪」
 
 案の定というか、予想通りの答えが返ってきた。
 むしろ私の訝しげな質問にあっさり答えてくれたことに、私のほうがびっくりしたくらいだった。
 あっけらかんとした笑顔は、私の心を楽にしてくれた。同時に、私が思い悩んでいたことをリセットするかのように、私の苦労を水の泡にしてくれた。
 ……いや、ジャーナリストという目標を持っているのだから、本来は考えなくていいことなのかもしれないけれど。
 
「…そっか」
 
 そんなことを考える必要のないさよちゃんがうらやましい。
 いつも元気なだけじゃなく、死んでても希望を持っている。私には到底真似なんかできっこない。
 さよちゃんにしかできない、さよちゃんの生き方。それができるってすごいと思う。これがさよちゃんなんだって、私はつくづく思った。
 
 その反面、私は怖くなった。
 死ぬことが、じゃない。目の前からさよちゃんがいなくなることがでもない。彼女のことに気づいてあげられないで別れて後悔することに、怯えているのだ。
 
 私はまだ、さよちゃんのことを知らなすぎる。私の知らないさよちゃんがいっぱいいる。
 それに気づかないまま、いつかさよちゃんと別れる日が来てしまったら?
 また、さよちゃんが私のことを知らないまま、私が消えてしまったら?
 
 そんなのって、切なすぎる。
 なくしてから大事なことに気づくなんて、悲しすぎるじゃない。
 
 それがなんだか無性に悔しくて。
 同時に自分が同じように、消えてからの存在になってしまうのが怖くて。
 気がつけば私の頬には、ゆっくりと涙の筋が滴っていた。
 
「あ、朝倉さん、どうしたんですか!?」
「えっ、いや……ごめん、なんでもない」
 
 なんでもない、わけがない。
 私が私でいられる間に、認められないことが怖くて仕方ない。
 
 それがやがて、臨界点を突破し、私は、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 泣いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私は、大丈夫ですよ。朝倉さんのこと、大好きですから」
 
 さよちゃんが、私を包み込むように、声をかけてくれる。
 感触こそないけれど、その言葉は何よりもあたたかかった。
 
「だから、朝倉さんも私のことをずっと好きでいてください。そうすればきっと、私も朝倉さんのことが、全部分かるようになりますから……」
 
 私の心を見透かしているかのように、さよちゃんは言葉を続けた。
 さよちゃんのことを、またひとつ知ることができた。
 同時に本当の私が、さよちゃんに知られていたことが、何よりも嬉しかった。
 
「……強いね、さよちゃんは」
 
 さよちゃんは何も言わず、笑顔で返してくれた。
 本当の自分をさらけ出すことで、本当の私を引っ張り出してくれた。当人にその気はないんだろうけど。
 
 私は立ち上がり、前を向いた。
 なんだか少し、自分に自信が持てたような気がした。
 そう感じたとき、私はいつのまにか、さよちゃんにも見せたことのない笑顔で笑っていた。
 
 知らなければ知ればいい。知ってもらいたければ、さらけ出してしまえばいい。
 それが唯一私にできる、あの人に対する最大の感謝だから。
 
「ありがとう、さよちゃん。それじゃ、行こうか」
「はいっ!」
 
 私は再び、前へ歩み出す。自分が知られるために、ほかのみんなを探すことが、ここから始まる。
 私が、私自身であるために。