木乃香バースデイアスネギSS「贈り物はすぐそばに」

 
 
 
「うーん……」
 ネギは頭を抱えていた。
 コートも着ずにパーカーとジーンズで駅前にひとり立っているその姿は、厚着をしている周りと少々違っていても特に違和感は感じない。それは今年の冬が例年より暖かかったせいだけではないだろう。
 13歳にもかかわらず、こんなところで通行人に「どうしたの」の一声もかけられることがないほど、その顔はりりしい。そんな少年がひとり悩む様子は、彼女とデートの待ち合わせをしていて1時間も前から待っているようにも感じられた。
 
 駅の時計が11時を指す。同時に鐘が鳴り響いた。
 それを見計らったかのように、少女が風を切ってネギのもとへ走り寄ってきた。明日菜だ。
 全力で走っていた割にはそんなに息は切れていなかったようだが、どこか余裕が感じられない。彼女は少しばかり膝に手をついたあと、上体を起こしてネギに尋ねた。
「ねえ、どうだった?」
「ダメでした……駅員さんがいうには、9時に並んでても買えない人がいたそうです。やっぱり、この時間だともう厳しいかもしれません……」
「やっぱり麻帆良の中じゃダメよ。ここじゃたぶんもうどこもダメだろうから、他を探してみようよ」
「それしか、ないですね……」
 木乃香、というのは二人と同室で暮らしている、近衛木乃香のことである。今日は彼女の18歳の誕生日、3月18日であった。そんな日にプレゼントを探すには切羽詰まったその様子は、まるでパーティー当日に主役が失踪したかのようである。しかしパーティーをするにしては時間的にまだ早いし、そもそも二人の会話の内容がプレゼントであることは明らかだ。
 だがプレゼントを買うにしても、事前に準備などはできなかったものだろうか。あまりに急すぎるプレゼントの準備は間に合う兆しを見せてくれないようで、プレゼントなしで木乃香のもとへ駆け付ける結末がうかがえる。
 それもそのはずである。二人が木乃香へのプレゼントに求めているものは、今日発売されたばかりの限定モノなのだから。それがその場所だけで買えるものならまだ良かったかもしれないが、場所が分散されててひとつの場所に少数しか置いていないのだから、逆にたちが悪い。
 
 そのプレゼントに選んだものは『PASMO』といった。
 これは首都圏のほとんどの鉄道で使うことができ、近く多くの店舗で利用可能なICカードである…というのは明日菜が前日に乗った電車の車内放送の受け売りだ。要はパスネットSuicaを合体させたようなもので、これを使えばJR以外でも改札の通過が楽になるという大きなメリットを持っている。
 麻帆良では、学生たちがひっきりなしに走って学校へ向かうというのが通常の登校風景である。それだけに流れる時間は非常にあわただしく、路面電車の遅延は恒常化していて、場合によっては走った方が早いほどであった。そのため麻帆良じゅうの交通機関や各店舗に、電子マネー決済の導入が待たれていたのだった。
 だから、麻帆良の住民がいち早くPASMOを買い求めるのは必然であった。それの限定版があるとなれば、目を光らせるのが日本人の特性である。当然ながら、麻帆良学園中央駅では限定版PASMOは瞬殺だった。
 
「やっぱり混んでますねぇ」
「まぁ、あれだけ一斉に導入されちゃ、ね」
 麻帆良の外でPASMOを探すことにした明日菜とネギは、さっそうと電車に乗り込んだ。車内の会話は早速PASOM一色で、隣に座っているおばちゃん達は買い物が便利になったという。近隣私鉄でもJRと共通で使えるというメリットが相当に受けたらしく、どこかの図書館の館長のホームグラウンドまで足を伸ばすという人もいるほどに会話が盛り上がっている。
 周りを見ると、買い物袋を持っている人がちらほら見られる。おそらく既に麻帆良で買い物を済ませてきたのだろう。馴染みの店の名前が明日菜の目に飛び込み、彼女は思わず嬉しくなる。目的のものがなくなる危機感とは裏腹に、PASMO万々歳という思いすら湧いてきた。
 その隣では、ネギが難しい顔をしている。ふだん麻帆良の外に出ないだけに、打開策が思いつかないのであろう。こういうときのネギは居眠りするよりも厄介だ。彼がいかに外の世界に興味津々であっても、たった今通過した建設中の駅の存在には気づいていないに違いない。
 明日菜は思わずふくれっ面になる。変則的とはいえ、二人っきりでいられるのはご無沙汰なのだ。こう言うと怪しく聞こえるかもしれないが、契約を交わしているのであながち間違いではない。要は何が言いたいかというと、せっかくの休みなんだから、今日はずっと私のパートナーでいてよ、ということだ。
 少なくとも明日菜は、この終わりの見えない買い物にデートを兼ねているつもりだった。だからわざわざ服装に気を遣ってもいるし、あえてネギと駅前で待ち合わせしていたのもそのためだ。しかしコイツは昔と変わっていないためか、それをなかなか察しようとしてくれない。
 しかし逆に、こういったネギの頑固なところを打ち崩せる立場でいられることを、明日菜は少しだけ自負していた。中学時代にくぐり抜けてきた戦闘では何かと助けられることが多かったことが、思いのほか彼女の糧になっている。仕方ない、今日は私がリードしてやるか。言い出しっぺはネギなんだから、とも言ってられない状況であることを悟ったそのとき、電車はちょうど駅に着いて、明日菜はネギの手を引っ張った。
 
「すみません、終わっちゃいましたね」
 麻帆良から程近いここ大宮駅でも、予想通りの答えが返ってきた。PASMOを買い損じた住民がまず最初に向かうところはここであるから、ダメで元々だった。ならば反対方向の川越駅にすれば良かったかとも思うが、麻帆良の住民は同じことを考えていそうだ。後々のことを考えれば、こっちで良かったかもしれない。
 明日菜はネギに気づかれないように、そっと胸を撫で下ろした。こう簡単にデートが終わってしまっては、つまらないというものだ。作戦会議と称してランチに繰り出すこともできるし、気分転換と称してショッピングに誘い出すこともできる。滅多にないチャンスなのだから、有効に活用しない手はないだろう。
 祝う相手は大親友であるが、そのプレゼント選びに付き合う相手はパートナーだ。大切な人を天秤にかけている自分に苦笑しながら、ふとネギを見る。彼は明日菜の答えを待っているようで、困った顔で彼女を見つめていた。ならば話は早い。明日菜は作戦会議に繰り出すことにした。
 
「どうしますか、アスナさん。このままだと僕たち帰れませんよ」
「帰れないって、アンタねぇ……でも、これじゃどこに行っても同じよ」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「とりあえず回ってみるしかないんじゃない?」
 作戦会議は難航の末、何も収穫のない結果に終わった。明日菜にしてみればネギと一緒にいられるのでとりあえず結果オーライだが、ネギはそうではないらしい。言い出しっぺのくせに何も用意がないのはどうかとも思ったが、親友のことを二の次にしている自分も似たようなものだ。
 ただ、明日菜にも考えがないわけではない。とりあえず動いていれば、こういうのはなるようになるものだ。もちろん根拠はない。それは結局考えがないということであることに気づいていないのはバカレッドたる所以であろう。因みにバカレンジャーは、まだ一人として現役を退いていない。
 こういったところで打開策を示してくれるのがネギであるが、今は余計なものだった。ただ、それが今働いていない現状は明日菜にとって好都合だ。木乃香へのプレゼント選びのついでに自分が主導権を握ることによって、ネギにも礼をすることができる。幸いにして木乃香は明日菜とネギの仲を応援してくれているので、あわよくばこれで進展すれば一石二鳥ということも考えていた。
 
 二人は大宮駅から私鉄に乗り込み、そこでPASMOを探すことにした。型にはまった考えで探すのではなく、あえて日常を外れて新しいところにある可能性を探ってみようという明日菜の考えだった。要するに無計画。ネギはしぶしぶ了承して電車に乗り込んだ。
 次の駅は閑散とした住宅街の中にあった。明日菜とネギは一旦ここで電車を降り、改札へと向かう。これくらい静かなところなら人も少ないはずで、もしここがダメでも利用者の少なそうな駅を当たれば必ず見つかる、という読みである。だがそれは既に無駄足であるということを、二人はまだ知らない。
 この駅の駅員も、やはり同じ言葉を返してきた。なるほど大宮駅に程近いここなら、なくなっていても何の不思議もない。そういえば大宮駅のみどりの窓口はPASOM待ちの長蛇の列だった。おそらくそこから客がPASMOを求めて流れてきたのだろう。
 
 そういえば今日は快晴で、日差しもいい。ちょうど来た電車は人もまばらで、良い具合に空いている。静かに滑り込んできた電車は明日菜とネギを乗せるとすぐにドアを閉め、ゆっくり発車した。
 今日は朝から動きっぱなしで、ゆっくり休む暇もなかった。その疲れに目をつけた春の陽気はここぞとばかりに本領を発揮し、瞬く間に二人を夢の世界へといざなう。座ったシートはこの電車の誇る柔らかさで、居眠りするにはうってつけだった。
 教室の椅子もこれくらい柔らかければいいのに、という受験生の戯言など無視するかのように、太陽は車内を照りつける。人肌にも似た温もりは布団のように二人を包み、確実に安息へと向かっていた。
 その行き先は、太陽だけが知っている。
 
 
 
 どれくらい眠っていただろう、日の沈む頃に明日菜は揺り篭の中で中で目を覚ました。その隣では、ネギがぬいぐるみのように彼女に寄り添って眠っている。目的などすっかり忘れたと言わんばかりのその寝顔に、明日菜は巻き込まれてしまったらしい。
 おかげでプレゼント争奪どころか、デートの終幕までもあっけなかった。いつのまにかこいつのペースに持っていかれ、貴重な休日は水の泡だ。そんなことも知らずに彼女の胸で眠りこけているネギが無責任に思え、明日菜はネギの頬をつまんで縦に横にと引っ張る。ぬるま湯から引っ張りあげられるかのように、ネギは目を覚ました。
「……ふえ?」
「ふえ、じゃないわよ。アンタ今何時だと思ってんのよ」
「へ……何時?」
「………」
 目的どころか、意識すらはっきりしていないのだからこいつは始末に負えない。一度しばいてやろうかとも思ったが、ここで明日菜は自分も迂闊だったことに気づく。自分がもう少し考えて動いていれば、木乃香のプレゼントを用意できなかったことであとでネギに変に責任を感じさせる結果になることもないのかもしれない。
 そして自身も、木乃香に何を言おうかと考えていた。ごまかしも効かなければ、正直に言うのもそれはそれで憚られる。どちらを選んでも刹那が黙っていないような気がした。こっちを見ているネギが無邪気でいることが、ある意味では恨めしい。
 なんだかんだと考えているうちに、電車は大宮駅に戻ってきた。ブレーキとともに明日菜の体から覇気が抜け落ち、足取りは重くなっている。ネギに引っ張られるように改札を出て、JRに乗り換えた。みどりの窓口はいまだに行列が消えず、その外にいる自分はプレゼントを用意できなかったことで疎外感を生みすらした。
「ねえ……どうすんのよ」
 明日菜はネギに尋ねる。
「どうにか、なりますよ」
 何が、とも聞いていないのに、ネギはどうにかするつもりでいるらしい。プレゼントを用意できなかったことを木乃香にどう説明するか、あるいはプレゼントを今からどうするか……ううん、そのどっちもだろう。今のネギは、その確信を持っているようだった。
 なるようになる、と思えば本当になんとかなってしまいそうだ。そんな不思議さが、ネギにはある。いつだってそうやって乗り越えてきたのを、明日菜はずっと傍で見てきていたから。今はもう魔法を使うことはないけれど、それでも時折見せてくれるネギの“魔法”に、彼女は賭けてみたくなった。
 
 麻帆良に着くまで、もうひと眠り。夢の先には魔法がかかっているに違いない。
 きっと木乃香は、私たちを受け入れてくれるだろう。プレゼントがないことは残念がるかもしれないけど、その気持ちは確かなものだから。
 だから、もし受け入れてくれるなら、お礼にこう言わせてほしい。
 ごめんね、このか、と。
 
 “ありがとうな。アスナ、ネギ君”
 明日菜の夢の中で、木乃香がそう返事をしたように聞こえた。
 
 
 
 明日菜が気づいたときには、寮の部屋にいつの間にか戻ってきていた。どこをどう帰ってきたのか分からないが、部屋の隅では木乃香が眠っている。どうやら彼女のお世話になったことは確からしい。
 隣ではネギがぐっすりと、明日菜に寄りかかって気持ちよさそうに眠っていた。夜が更けてもいまだにネギの髪に残っている太陽のぬくもりが、疲れ切った身体に心地よさをもたらす。
 それをもっと身近に感じようと、明日菜はネギに身体を寄せた。ついでネギを抱き寄せようとすると、自分とネギの手がリボンで結ばれていることに気づいた。
 そのリボンには、「おかえしや」と書いてある。何の、と一瞬思ったが、その答えは明日菜の目の前にあった。
 
 
 木乃香の机には、明日菜とネギの寝顔が写った写真が大事そうに飾られていた。
 
 
 

あとがき

うはwwwwwwこれは酷いの一言に尽きるorz
 
まぁ思いついたのが18日の18時半ですからね。それをその日じゅうに仕上げようなんてことをすると無理が生じるわけです。
このSSこそ事前に準備ができなかったものかと。しかし思いついたのがその日の夜だから仕方ない(言い訳乙
誕生日企画でSSやるなら用意を周到にしなければいけません。タイムリーなネタと合わせるからいけないんだ罠。
 
ちなみに早く上げることを優先したため、推敲なしの生原稿です。誤字脱字とか表現とかおかしいのは勘弁してくだしあ><;
できれば展開がおかしいのも勘弁してほしいなー(それは許さん
 
*加筆修正 07/8/22
 

 

Re:

>宮原さん
ドライバとかはどうしても動かないからやらなきゃいけないのはわかってるんですが…
セットアップ時とか修復時とかインストールが集中するときが厄介なんですよねorz
 
フォトレタッチソフトでの写真のリサイズひとつとっても、Microsoft Photo Editerとはグレードがぜんぜん違うので試してみてはどうでしょう?(鉄子風(何