もうひとつの結末

 あれから、どれくらい経ったんだろう―――――
 
 僕は、今日も川原で遠くを見つめていた。


 
ネギ先生………」


 夕映さんは、今日も来ていた。


「今日こそは、答えてください」


 まただ。


「先生は……のどかのことをどう思っているのですか」


 夕映さんはいつも、自分のことじゃなくてのどかさんのことを聞いてくる。
 前にもわからないって言ったはずだと思う。


 でも、そう言った理由は………わからない。
 僕はのどかさんに好きだって言われたのはもちろん嬉しいし、夕映さんに言われたのだって、のどかさんの目の前でキスされたのだって………。
 それでも、いや、だからなおさら僕はわからない。でも、夕映さんは待ってくれない。


 
ネギ先生


 
 僕は答えなかった。


 
 なんで夕映さんは、そんなことを僕に聞くんだろう。
 それというのも、アスナさんがいなくなってからだった。
 アスナさんのことなど、気にしていない様子だった。
 のどかさんも夕映さんも―――なんでこうなっちゃったんだろう。
 僕にはわからない。答えられない。正直なところ、もううんざりだ。


 
「………ごめんなさいっ!」


 
 僕は夕映さんを振り切って走りだした。
 しばらくは、一人になりたかった。それもこれも、夕映さんが邪魔するからいけないんだ―――。
 僕にはそう決めつけることしか、できなかった。


 
 アスナさんがいなくなって、ひとつだけわかったことがある。
 それは、クラスの要となっていたのは、僕ではなくアスナさんだったということだ。


 みんなは僕がいたから、僕のおかげでって言ってくれたけど、実際はそうじゃなかった。
 アスナさん一人がいなくなっただけで、クラスはばらばらになってしまった。
 結局、僕はアスナさんがクラスにとって、何よりも自分にとってどれだけ大切なのか、全然意識していなかった。


 アスナさんは誰にも頼りたくない性格だった。
 ………だからこそ、僕が何かしなきゃいけなかったのに。
 そんなときに僕は何もできなかったなんて………!
 鳴らない鈴を握りしめながら、僕はただひたすらに走り続けた。

 
 どこをどう戻ってきたのかはわからない。気がついたら、部屋に戻ってきていた。


 できることなら戻りたくなかった。
 このかさんに辛い思いをさせてしまっているから。
 僕がいることで、アスナさんのことを思い出させてしまっているから。


 だから、帰ってきてもこのかさんとは話さなかった。


「ネギ君………」


 僕は一生懸命無視する。
 刹那さんがいなくなってから、このかさんはぬけがらのように座っているだけだった。


 でも、僕にはこのかさんを元気づけることはできなかった。その資格がなかった。
 アスナさんに何もしてあげられなかった僕がこのかさんと一緒にいると、僕まで辛くなってしまうからだ。


 だから、僕は一生懸命無視した。


「ネギ君………ウチじゃ、ダメやの?」


 いきなり言われて、僕はつい、このかさんのほうを向いてしまった。


「ウチじゃ、アスナの代わりにはならへんの………?」


「このかさん………」


 辛かった。

 何よりも、辛かった。

 このかさんに声をかけられることが、本当に辛かった。



 そのときに、いや、今更になって気づいてしまったから。
 夕映さんの言ったとおり、僕は一人の女性としてアスナさんが好きだったんだ、と。


 だから、このかさんに何も言えなかった。
 突き放すことしか、できなかった。


 アスナさんは戻ってこない。それがわかっていても、アスナさんはアスナさんこのかさんじゃ、ダメなんだ。


 ………ただ、それに気づくのがあまりにも遅すぎた。

 
「ウチを、一人にせんといて………」

 
 ズキッ


 本当に、これでいいのか?
 僕は、自問する。

 
 でも、もう戻れない。

 あの頃には、あの楽しかった日々には戻れない。

 
「ウチ………ネギ君のこと、ホントはずっと好きやったんよ……。

 こんなの………卑怯やよね、アスナにかなわないのわかっとったからって………
 だからって、アスナがいなくなってからこんなこと言うなんて………

 でも……それでも、ウチはネギ君が好きなんや!」
 
 一瞬、僕の足が止まる。
 
「だから、だから………一人に、せんといて………」


 
 僕は、何も言えなかった。

 何も言う資格がなかった。

 
「ごめんなさい、このかさん………僕は、僕は―――――」

 その先は、言えなかった。



 
 
 僕は、一心不乱にエヴァンジェリンさんのところへ向かっていた。

 わかっている。

 死んだ人は生き返らないって、わかっている。

 だけど、僕はそれをどうにかしたかった。
 できることなら、覆したかった。

 無駄でもいい。
 アスナさんのために、何かできれば。

 ただそれだけで、僕はエヴァンジェリンさんの小屋を叩いた。

 すべての答えを出すために。



 
 
「帰れ」


エヴァン……ジェリン、さん?」

「聞こえなかったのか? 帰れと言ってるんだ」


 “どうして………?”

 それ以外に、思考が働かなかった。


「前にも言ったはずだ。死んだ者を生き返らせる魔法などない、魔法は奇跡じゃないってな。貴様、まさかそれをわかってて私のところへ来たのではあるまいな」

 言われなくても、わかっている。だけど、僕はそれ以外に信じられるものはなかった。


「なければ、作ればいいんです」

 
 パンッ!

 
 僕の頬が、わずかの希望とともに弾かれた。


「貴様、まだわからんのか?」


 わからない。だから、ここにいる。


 でも、ひとつだけわかった。

 はじめから、ここに来る必要なんてなかったってことが。


 アスナさんを生き返らせる必要なんてなかったってことが。


「………わかりました。自分で……なんとかします」
 僕はそう言って、エヴァンジェリンさんに背を向けた。

 
「………丁度いい、頭を冷やしてこい」


 僕がその言葉に返事をすることは、なかった。
 
 



 簡単なことだった。

 アスナさんは、戻ってこない。

 ならば、僕がアスナさんに会いにいけばいい。



 そう思うと、世界樹からの眺めはキレイに見えた。
 まるであの時のアスナさんと同じくらいに。


 
 
 tria fila nigra promissiva mihi limitationem per tres dies.....

 
 これでいい。


 アスナさんは、もう戻らない。

 でも、それでいい。


 僕は、決心した。



「このかさん、夕映さん、のどかさん………

 そして、クラスのみなさん―――――



 
 
 ―――さよなら」



 そう言って、僕は遠い世界へと旅立った。