すべてからの脱却

 人は、死んだら生き返らない―――――
 
 

 何度、エヴァンジェリンさんに言われただろう。
 
 
 頭では、わかっていた。でも、どうしてもそれを受け入れたくなかった。


 僕はありとあらゆる方法を探してみた。
 それこそ、僕はアスナさんを生き返らせるためなら、何だってするつもりだった。
 だけど、エヴァンジェリンさんだけでなく、タカミチさえもわかってくれなかった。
 

 そんなときに僕の前に現れたのは、葉加瀬さんと超さんだった。
 

 超さんが言うには、タイムマシンで過去に行ってアスナさんが死ぬ原因を回避すれば、アスナさんは生き返る、ということだった。
 果たしてそんなことができるのか?
 
 でも、僕に躊躇はなかった。
 
 アスナさんを生き返らせるためなら、なんだってやる。僕はそう決心したんだ。
 
 
 

 ………で、結果がこれだ。
 
 僕は9年前のアスナさん……いや、明日菜ちゃんとお父さんに会うことができた。

 そこまではよかった。

 でも、お父さんは、お父さんは………!
 
 
 


 なんでなんでなんで?
 

 僕が何をしたっていうんだろう?
 僕が何もできなかったから?
 アスナさんを助けられなかったから?
 

 それとも、僕のせいでアスナさんもお父さんも死んじゃったの?
 
 
 僕の憧れだったお父さん。
 強くてカッコイイお父さん。
 

 僕はそんなお父さんを捜すために、マギステル・マギになるために、日本へ来た。
 そこで、たまたまアスナさんと出会った。
 気がついたら、アスナさんは僕の大切な人になっていた。
 
 そして、その人は今、僕の横で寝ている。
 


「………う…ん………」
 

 明日菜ちゃん―――いや、アスナさんは、悪魔と契約してこうなってしまったんだ。

 お父さんはそれを解くために、アスナさんと旅をしていた。

 でも、お父さんはそれをできなかったばかりか………
 
 
「助けて……たす、けて………!」


 アスナさんが、苦しんでる………?


アスナさん、アスナさん! しっかりしてください、アスナさん!」

「ナギ……ナギ、助けて………!」

「―――――!」
 
 

 そうか………
 
 今のアスナさんに必要なのは、僕じゃなくてお父さんなんだ………

 僕は………僕は、必要とされてないんだ………!
 
 


 お父さんだけじゃなくて、アスナさんまで………

 なんで?どうして?

 どうして僕の前からいなくなるの?
 

 アスナさんはいつだって、僕のことを見ていてくれてたじゃないか。

 ちょっと乱暴なところもあったけれど………
 

 なんだか、アスナさんがアスナさんじゃなくなったみたいだ。
 
 

 アスナさんにとって、僕はそんなものだったのだろうか?
 


 わからない。
 考えれば考えるほど、わからなくなる。
 アスナさんの言動が、僕を迷わせる。
 

「……ぁ………」

 明日菜ちゃんが、目を覚ました。
 

「………あんた……………」

「あす、な……さん?」

 一瞬、明日菜ちゃんの中にアスナさんが見えた―――ような気がした。

「何よ」

 明日菜ちゃんは、訝しげに僕を見ている。

「い、いや……苦しそうにしてたから………」

「別に、助けてくれなんて頼んでないでしょ」
 

 ―――――!
 

 僕の中で、張り詰めていた何かが途切れた。
 

「う、うるさいっ!」
 
 パンッ!
 
「キャッ!」
 
 
「あっ………」
 
 

「何するのよ! あんたなんか嫌い! 出てって!」

「なっ………!」
 

 そんな………!
 
 一瞬、明日菜ちゃんが“アスナさん”に見えたのは気のせいだったのか?

 お父さんだけでなく、明日菜ちゃんまで僕にこんなことするなんて………

 こんなの、アスナさんじゃない!
 
 

 ひどいじゃないか。

 一度、アスナさんに出てけって言われたことあるけど………あの時は僕がひどいことをしたからだった。

 でも、今は違う。ひどいことをしたのは、明日菜ちゃんのほうじゃないか。

 何で僕がこんなこと言われなくちゃいけないの?

 ひどいよ………お父さんはいなくなるし、明日菜ちゃんは僕をいじめるし………
 

 なんで僕ばっかり………。
 

 こんなの、おかしいよ。

 だって、僕は何も悪いことしてないじゃないか。

 どうして、こんな目にあわなきゃいけないのさ。
 


 結局、科学でもアスナさんを生き返らせるのは無駄だったんだろうか。

 魔法もダメ、召喚もダメ、科学もダメ………

 あと、何が残ってるっていうの?

 結局、何も変わらなかったじゃないか。アスナさんは生き返らなかったじゃないか。

 アスナさんはアスナさん、明日菜ちゃんは明日菜ちゃんなんだ。
 
 

 もう、何もあてにならない。信用できない。

 エヴァンジェリンさんも、タカミチも、超さんも、葉加瀬さんも………。
 
 

 よく考えたら、科学なんかで人の命を操っていいわけないじゃないか。

 アスナさんの死をなかったことにしようだなんて………

 僕は………
 
 
 
 

 なかったことに―――――
 
 
 
 ―――――そうか。

 全部、なかったことにすればいい。

 なにもかも、ふっとんでしまえばいい。

 今回のことも、僕が今、辛いのも―――――
 

 そして―――――アスナさんのことも。

 思い出も、感情も―――全部。
 

 吹っ飛んでしまえば、楽になる。

 この苦しみから、解放される。
 
 

 ―――もう、アスナさんのことで悲しむこともなくなる。
 

 すべてが終わる。
 

 それでも、かまわない。

 僕は、この苦しみから解放されて、自由になるんだ。
 
 

 心を決めて、テントに向かって手をかざす。

 そして、ありったけの全魔力を込めた。
 
 

 これで―――――最後だ。
 



「ラス・テル・マ・スキル・マギステル―――――
 
 
 

 来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 雷の暴風―――――
 
 
 
 
 
 次の瞬間、すべては白紙になった。